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そもそも売買できる?

まず認知症の状態の人が不動産売買の契約当事者になることが出来るか?ですが、結論から申し上げますと『できる場合と出来ない場合がある』という何とも煮え切らない答えになってしまいます。

なぜこんな答えになってしまうかというと「意思能力」という法律上の概念に起因するところがあります。
そもそも不動産売買というのは、法律行為(注)になります。

(注)遺産分割協議、贈与なども法律行為の一種です

日本の民法上、法律行為をするためには、意思能力が要求されます。
意思能力というのは、端的に言えば、自己が行う法律行為についての内容やそれに伴う結果をある程度理解していることです。

例えば、不動産売買であれば「自分が所有している○県○市○町1番地1の土地や建物を売ることで自分は所有権を失って、買主がそれを取得し、代わりに売買代金○円が手元に入ってきて、今後は固定資産税の支払いや管理者としての責任は負わなくてよくなる・・・・」等々を理解できているかどうかということになります。

ではこの意思能力を認知症の方が備えているかどうかを考えてみると、結論的には「人による」ということになってしまいます。
認知症と一言で言っても、様々な状況の方がいるでしょうし、同じ人でも、日によって調子が違うこともあるでしょう。

そうなると認知症の人の不動産売買は出来る場合と出来ない場合、両方が可能性としてはあることになります。

さらに残念なことに、現在の民法上では「意思能力」の明確な定義がありません(過去の裁判例などはあります)ですので、実務現場では、ケースバイケースで判断せざるを得ない状況になっています。

さらに厄介なのが、意思無能力者(意思能力のない人)がした法律行為は無効であるという民法の規定があることです。(民法3条の2)
ですので、闇雲にグレーゾーンの方(意思能力が疑わしい方)の法律行為を法律専門職(司法書士等)である我々が簡単に認める訳にはいかない事情があるわけです。
このような事情があるがゆえに、認知症の方の不動産売買は困難を極めます。

過去の事例、裁判所の判例傾向

認知症の方の不動産売買(法律行為)が難しいことはご理解いただけたかと思います。
では、万が一争いが起きて、裁判所での判断が必要になるような状況になってしまったときに裁判所はどのような事例で、どのような判断を下すのでしょうか?

民法上の明確な規定がない以上、過去の裁判所の判例から意思能力の定義を推測していくしかありません。
意思能力の判断をしていくうえで、重要な指針になるのが「長谷川式認知症スケール」というテストです。
このテストは、認知機能を点数化して認知症かどうかを簡易的にスクリーニング(ふるい分け)するテストです。

このテストで高得点を取ることが出来れば、基本的には、認知機能に問題はないと判断してもよさそうですが、そうは問屋が卸さないのがこの問題の根深いところです。
評価点が高くても意思無能力と判断されたケースもあれば(東京地裁平成25.10.29平24(ワ)9549)
評価点が低いにも関わらず、意思能力ありと判断された事例もあります(東京地裁平成29.4.7平26(ワ)27864)

裁判所の判例の傾向も一貫しているとは言いにくい実情です。
ただ、裁判所が意思能力を判断するにあたっては、該当する行為(売買契約など)前後の言動や状況、経緯、動機、行為の内容、行為当時の状況などを総合的に考慮したうえで判断している傾向があります。

つまり単純に、当事者の内的要因(長谷川式認知症スケール等当事者の認知機能を推し量る資料)のみが絶対的な基準になるわけではなく、外的要因(上記で示した行為当時の状況など)も大きく判断に影響するということが言えるわけです。

認知症がかなり進行している場合

では、認知症の症状がかなり進行している方(認知機能、理解力、判断力が明らかに欠如していると客観的に判断できる方)はどうなるのでしょうか?

上記のような方は、後見制度を利用して後見人を付けることで、問題なく不動産売買などの法律行為が出来るようになります。
但し、成年被後見人(認知症の方)が当事者である関係で、通常の売買のようにただ契約を結べばOKというわけにはいきません。

成年被後見人は裁判所に「この人は判断能力に欠ける人なので、日常生活以外の法律行為をする時(例えば、今回のような不動産売却)は、後見人が代理して下さい」と判断された人です。

ですので、被後見人だけの意思判断だけで売買契約を結ぶことは当然できません。
また居住用不動産の処分(売却、担保設定、賃貸など)の場合には、家庭裁判所に許可の申し立て手続きをしなければなりません。

裁判所から、晴れて許可が下りればそれに基づいて、売買契約と不動産の名義変更が出来ます。

このようにある程度、認知症の症状が進行している人であれば、後見人さえついてしまえば何の支障もなく法律行為やそれに伴う手続きが出来るようになります。
もちろん通常の手続きよりも手間と時間はかかりますが、後からトラブルになる可能性はかなり減ります。

軽度の認知症の方の場合

上記で示した通り、ある程度症状が進行してしまっている人の方が後見制度を利用できるのでやるべきことが明確です。
問題になるのは、軽度の認知症の状態の方です。

軽度の認知症の方の場合には、そもそも後見制度を利用することが出来ない可能性が高いです。
(注)後見制度を利用する場合には、家庭裁判所への申し立てが必要になるのですが、その裁判所への提出書類として医師の診断書が必要になります。しかし本人の状態があまりにもしっかりしていると(認知症と診断するほどでない場合)そもそも診断書を出してくれません。

そうなると、後見制度を利用できないわけですが『医師の診断書が出ない=後見制度を利用できない=その方の意思能力が法律行為を行うに足りうるだけ担保がされている』かというと、それはそれで疑問が残ります。

過去に弊所で、法定後見制度の利用をしようと医師の診断書を出してもらおうとしたものの、断られて任意後見契約(任意後見契約は意思能力がなければできません)のご相談を受けて、ご自宅まで伺った方がいるのですが、ご自宅の様子を見るに、とても正常な状態とは思えない生活状況でした。

そのような状況の人を「医師の診断書が出なかったから、意思能力に問題はない」とその一点だけをもってして判断することは正直難しいです。

そうなると、上記で示した通り、内的要因だけでなく、外的要因にも着目して、意思能力の有無を判断せざるを得ないかと思います。

司法書士太田合同事務所からのアドバイス

昨今は、高齢化社会ということもあり、高齢者が不動産売買の当事者(特に売主)になるというのはよくあることです。
そして認知症の方が当事者になる場合には、上記のような悩ましい問題が出てくることも確かです。
現状の法律では、複合的な要因に基づいて、売買が可能かどうかを判断していくしかありません。

例えばですが、合理的理由がないにもかかわらず、本来3000万円の価値のある土地や建物を1000万円で売買しており、売主に認知症の疑いがある状況だと、仮に長谷川式認知症スケールの点数が高得点だったとしても、売主の判断力・理解力の欠如に付け込んで、買主側が自分たちに有利な契約内容にしたのではないか?という、裁判所の心証が働く可能性は大いにあると思います。

弊所の場合、意思能力に疑いの余地がある方で、後見制度を利用できない方のケースでは、ご本人との面談、利害関係者からの聞き取り、かかりつけ医への照会、契約内容の合理性・正当性などを考慮して手続きが可能かどうかを判断しています。

上記のようなケースでは、様々な関係者とのやり取りと法的知識が必要になります。
是非とも司法書士を活用して下さい。

弊所では、不動産売買に伴う登記手続きも行っておりますので、お気軽にご相談いただければと思います。

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